源内道げんないみち(外内道げないみち・紫香楽街道しがらきかいどう)

天平13年(741)奈良街道とともに開かれた道で、江戸、明治時代に、上田上の人が京都、大津、瀬田や草津へ往復路として利用した道であり、特に芝原側を「外」とされ近江国府側を「内」とされた下(げ)内(ない)峠(とうげ)は休息所として使われていた。